ゾウのだいすけ逝く(生涯を回顧しながらの葬送)
ゾウのだいすけ逝く(生涯を回顧しながらの葬送)
市民に親しまれながら大森山動物園の一時代を築き上げたオスのアフリカゾウのだいすけが逝った。正確な誕生日はアフリカ生まれということもありわからないが、享年32歳だった。1990年(平成2年)の秋、約1歳でメスの花子と一緒に秋田にやってきた。秋田での暮らしは約30年と6か月だった。雪の動物園が終わり、春の開園前、休園中の3月5日に静かに息を引き取った。開園中の忙しい時を避けてくれたようでもあり、だいすけは最期までやさしいゾウだった。
長く脚のトラブルを抱え、昨年秋からは外展示場にでることもできずにいた。亡くなる日の早朝、「だいすけ倒れる」の電話を受けた時、来るべき時が来たかと妙に冷静に受け止めてもみたが、毎日見ていた元気な食事の様子から、その急変には戸惑いも感じた。巨漢のゾウが立てなくなると、体内で悪い連鎖が始まり、死期が早まると言われる。それを知るスタッフは、体勢の立て直しを試みようとしたが、彼はあっけなく息を引き取った。だいすけの思い出が走馬灯のようにめぐった。
だいすけは市制100周年記念事業の一環である大型動物導入事業で、アフリカから導入され、大森山動物園を大きく格上げしてくれた存在であった。私と彼が初めて出会ったのは、成田空港の貨物ヤードだった。高さ1.5m程度の輸送箱の小窓から鼻先を出して、私の手をまさぐり、あたかも異国の空気を探っているようだった。
到着後すぐに、陸路で秋田に運ばれた。園職員は徹夜でだいすけを待ち受け、出迎えた。ゾウ舎が未完成だったので、仮暮らしをしてもらうラクダ舎の一室にゾウの入った輸送箱を押し入れた。作業を終えた時、既に明け方近かった。やっと箱から出ることのできた子ゾウは体をブルブルさせたのが印象的だった。少し冷たい秋田の空気のせか、初めて見る飼育員にどこか怯えていたようにも思えた。
やってきてからは、やかんを使いミルクを飲ませるなど、飼育員の懸命な哺育が始まった。翌年の早春、完成したばかりの真新しいゾウ舎に移動したとき、大きな部屋と小さなゾウのアンバランスを見て、やってきたゾウは赤ちゃんであることを改めて感じた。
その年のゴールデンウイーク、子ゾウを見ようと多くの市民が動物園に押し寄せた。瞬く間に子ゾウは大森山動物園の人気者になった。市民がつけてくれた名前は「だいすけ」、一緒にきたメスは「花子」、お笑い漫才が人気の時代だったのか。
成育は順調だったが、だいすけの牙の根本が化膿し、長く治療したことも思い出す。全身麻酔が施され、だいすけに何かあってはいけないと友人の歯科医が処置に加わってくれた。だいすけは、歯科医の診察、処置を受けたゾウでもあった。治療は一年近く続いたが、幸いにも化膿は治まった。残念ながら右牙が抜け落ちたゾウになった。
その後のだいすけは順調な成長と旺盛な食欲を見せた、新鮮な青草を食べさせようと旧大内町の農家に定期的に牧草搬入をお願いしたこともあった。旺盛な食欲は大量の糞の排泄になり、その処理に動物園は次第に苦慮することになった。そこから、動物園での畑づくり、スダックスという牧草の栽培が始まった。
どんどん増える糞への対策に頭を悩ませた。秋田県立農業短期大学の先生にも相談し、堆肥化を検討、それが現在販売している「ゾウさん堆肥」につながった。こうした活動に秋田市立浜田小学校が加わり、畑での堆肥散布、スダックスの種まき、牧草栽培、刈り取りとエサやり体験が一連の教育プログラムに成長し、生命循環の学習として現在も続く。だいすけは子どもたちが刈り取ったスダックスをいかにも美味しそうに食べてくれた。だいすけのやさしさは子どもたちの大事な思い出になり続けた。
だいすけのやさしさはゾウへのエサやり体験でも発揮された。飼育員のアイディアで実現した「ゾウとはなスポット」は、親子が「ぞうさん」の歌を心の中で歌いながら、エサやり体験ができる名物にもなった。だいすけとの語らいの場になったに違いない。
順調そうなだいすけであったが、年齢を重ね、体重が増すにつれ、若いころから弱かった脚に大きな負荷が加わっていった。また、腹痛(疝痛)を起こすこともしばしばで、飼育員や獣医師を悩ませた。
日本中の動物園でアフリカゾウがじりじりと減り始め、2000年に65頭いたアフリカゾウが、2017年には約半数の34頭に減った。ゾウの繁殖作戦が東北3園で協議された。だいすけは移動しなかったが、連れの花子が仙台に旅立ち、仙台から小柄で可愛らしいリリーがやってきた。だいすけは時にリリーにときめきを感じていたようだったが、幼馴染の花子がいなくなったことへの寂しさも感じていたのは間違いないように思えた。
知能の高いゾウ、だいすけはどんな意識で秋田で暮らしていたのだろうか。動物を飼育するということは本当に難しいものだ。考えれば考えるほど難しい。動物園という存在、だいすけの死で改めて考えさせられた。
最後になりますが、だいすけが亡くなったことにたくさんの心のこもったお花、お悔やみをいただきました。このコラムの場を借り、感謝の意を表したいと思います。ありがとうございます。そして、だいすけ、遠くから大森山を見ていてください。
令和3年3月
大森山動物園 園長 小松 守
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